冷え性と鍼灸治療 ― 現代の知見と東洋医学の視点から

「手足が冷えてつらい」「靴下を重ねても温まらない」――そんな冷え性は、多くの方が悩む不調のひとつです。
現代医学では自律神経や血流の異常が、東洋医学では「気・血・陽気の不足」が原因とされます。
ここでは、最新の研究と東洋医学の両面から「冷え性と鍼灸」の関係を詳しく解説します。

冷え性とは ― 現代医学の視点から

冷え性とは、全身または四肢末端が自覚的に冷たく感じる状態であり、実際に末梢血流の低下がみられることもあります。
山梨大学の 新藤和雅先生 は「冷え性と自律神経」（自律神経学会 第75回総会・レクチャーシリーズ, 2022）にて、冷え性の発症には自律神経のバランス異常が深く関与していると報告しています。

交感神経が優位になると末梢血管が収縮し、血流が低下します。逆に副交感神経が優位に働くと、血管が拡張して温かく感じます。
冷え性の患者では、交感神経活動が過剰または反応性が鈍化しており、温度調節がうまく働かないことが指摘されています。

新藤先生の総説（「冷え性と自律神経」『自律神経』60巻2号, 2023）では、サーモグラフィーや心拍変動解析を用いた研究から、冷え性の背景にはストレス・睡眠・女性ホルモンの変動などによる自律神経系の乱れがあるとまとめられています。

引用：新藤和雅（2023）「冷え性と自律神経」『自律神経』60(2):71-75. 日本自律神経学会 第75回総会レクチャーシリーズ.

鍼灸治療による冷え性の改善 ― 研究からみた効果

冷え性に対する鍼灸治療の効果については、臨床的にも研究的にも多数の報告があります。
特に、関西医療大学の坂口俊二先生による研究は、鍼灸の温熱・循環調整作用を明らかにした代表的なものです。

坂口らの研究（2003）

坂口俊二ほか（2003）は、『全日本鍼灸学会雑誌』53巻1号において「冷え症に対する鍼灸治療の効果」を報告しました。
この研究では、冷え症を訴える女性被験者に対して一定期間の鍼治療を実施し、治療前後で皮膚温と自覚症状を評価しました。

• 治療後、手足の皮膚温が平均0.5〜1.0℃上昇
• 約7割の被験者で「冷えが軽減した」と回答
• 心拍変動（HRV）では副交感神経活動の増加傾向を認めた

これらの結果から、鍼刺激が末梢血管拡張と自律神経の調整に寄与し、冷え症改善に有効である可能性が示唆されています。

引用：坂口俊二（2003）「冷え症に対する鍼灸治療の効果」『全日本鍼灸学会雑誌』53(1):49-54. 関西医療大学.

また、坂口先生らはその後も同テーマで複数の研究を行い、温灸や通電刺激（パルス治療）による末梢血流改善、皮膚温上昇、自覚的温感の改善を報告しています。
これらは、灸刺激が一時的な温熱効果だけでなく、自律神経系を介した恒常的な体温調節を促すことを示唆しています。

東洋医学的にみた冷え性のタイプ

東洋医学では、冷え性は単に体温が低い状態ではなく、体内の「気」「血」「陽」の巡りや量が不足したり滞ったりすることが原因とされます。
ここでは代表的な3つのタイプを紹介します。

① 気虚（ききょ）型

体を温めるエネルギーである「気」が不足している状態。
疲れやすく、食欲不振、倦怠感、息切れなどがみられます。
鍼灸では「足三里（あしさんり）」や「中脘（ちゅうかん）」などの補気穴を使います。

② 血虚（けっきょ）型

血の量が足りず、末端まで栄養・熱が届かないタイプ。
顔色が悪く、動悸、立ちくらみ、爪が割れやすいなどの特徴があります。
「三陰交（さんいんこう）」や「血海（けっかい）」などの経穴が用いられます。

③ 陽虚（ようきょ）型

体を温める力そのもの（陽気）が不足しているタイプで、特に下半身が冷える傾向があります。
むくみや下痢、夜間頻尿を伴うこともあります。
「関元（かんげん）」「命門（めいもん）」など、温補を目的とした灸が適します。

まとめ ― 冷え性への鍼灸の可能性

冷え性は、単なる体質ではなく、自律神経や循環機能の乱れとして理解されつつあります。
鍼灸治療は、局所の血流改善だけでなく、自律神経を介して全身の温度調整を整える可能性があることが、近年の研究で示されています。
東洋医学的な体質の見立ても加えることで、より個々の症状に合った治療が行える点も鍼灸の強みです。

参考文献：
新藤和雅（2023）「冷え性と自律神経」『自律神経』60(2):71-75.
坂口俊二（2003）「冷え症に対する鍼灸治療の効果」『全日本鍼灸学会雑誌』53(1):49-54.
関西医療大学 保健医療学部 はり灸・スポーツトレーナー学科